世の中からネットワークがなくなったら、医療の現場はどうなるでしょうか。診療自体は続けられるかもしれません。けれど、検査結果の共有、迅速な判断、医師同士の連携――そのすべてに時間がかかり、患者が不安に感じる時間も長くなります。いまの救急医療やNICU、がん治療など様々な医療現場では、止まらないICT基盤こそが、命と安心を支える前提になっています。本記事では、2つの病院事例から、医療の質を左右するネットワーク設計のポイントを紐解きます。
かつて医療は“紙と電話”で回っていた
少し前まで、医療現場は今とはずいぶん違う風景でした。
診療記録は紙カルテに手書きされ、検査結果は電話で連絡。大きな病院では、カルテを台車に乗せて各科へ運ぶ光景も珍しくありませんでした。
E.O.子どもの頃、母や祖母の通院に付き添って病院へ行くと、廊下の壁や天井沿いのレールを小さなモノレールのような搬送装置が動いていて、どこにつながっているのか、何が入っているのか不思議に思ってよく見ていました。
情報共有がネットワーク中心になる前は、この自走台車がカルテや検体などを院内の診療科や検査室へ運び、急ぎのものはエアシューターで送られていたんですよね。院内の情報共有は、いまと比べてずっと“物理的”な仕組みで成り立っていました。
もちろん当時も医療は成り立っていました。ネットワークがなくても診療は回り、患者は治療を受けられていたのです。
しかし今、医療の現場は大きく変わりました。
電子カルテで自分の検査結果がすぐに確認でき、画像診断や検査システムがリアルタイムで医師に届きます。モバイル端末や医療機器もネットワークでつながり、診療の流れそのものがデジタル基盤の上で動いています。
かつては「なくても回っていた」ネットワークは、今や診療の前提となりました。
そのため、ネットワークが止まることは、診療の流れが止まることを意味します。
命と安心を守るネットワーク基盤
ネットワーク障害の影響は、医療現場では単なる作業遅延では済みません。



以前、海外ドラマで、病院がサイバー攻撃を受けてシステムが止まり、現場が混乱するエピソードを見たことがあります。当時はフィクションとして見ていましたが、医療現場にとってネットワーク停止は、実際には命に直結する問題です。
NICUで小さな命が治療を待つとき、必要なデータが届かない、もしくはその遅れは、そのまま命に関わります。救急搬送中の患者でも、検査画像やカルテ情報がリアルタイムで共有されなければ、判断や処置に致命的な遅れが生じてしまいます。
また、検査結果をすぐに確認できなければ、患者は長い時間を不安なまま待つことになります。家族も状況をつかめず、不安だけが募っていきます。診療の迅速さは、患者と家族の安心そのものにつながっています。
いまの医療は、高度な技術や設備をそろえるだけでは成り立ちません。
重症患者の迅速な受け入れ、多職種・多部門の連携、膨大な医療データの共有――こうした診療の流れを支える仕組みが必要です。
その土台となるのが、確実に機能するネットワーク基盤です。
電子カルテの表示が遅れれば診療が滞り、検査画像が届かなければ判断が遅れ、システム障害が起これば病院全体の業務が止まります。患者や家族が安心して治療を受けられるのは、この“見えない基盤”が常に正常に動いているからこそです。
いまや、医療の質はネットワーク基盤の設計に大きく左右される時代になりました。
とりわけ、判断のスピードと部門連携が命に直結する高度医療の現場では、その重要性がいっそう強く問われます。
ここからは、高度医療の最前線を担う2つの病院の取り組みから、ネットワークの役割を見ていきます。
神戸市立医療センター中央市民病院
24時間365日止まらない 救急医療の最前線
兵庫県にある神戸市立医療センター中央市民病院は、国内でもトップクラスの救急医療体制を持つ病院です。厚生労働省の「全国救命救急センター評価」でも11年連続全国1位を維持しており、重症患者の受け入れ実績と治療の質の両面で国内有数の水準を保っています。
同院は「患者を断らない」方針のもと、24時間365日体制で救急医療を支え続けています。救急搬送と高度治療が止まることなく続く現場では、電子カルテ、検査結果、医療画像がリアルタイムに共有されることで診断や処置が進みます。ネットワークの安定性は、処置までの時間や患者の救命率にも影響しうる、診療の前提条件となっています。
だからこそ、このような高度医療の現場では、ICTが止まることは単なる業務停止では済みません。診療そのものへの影響につながりかねないからです。高度医療を支えるうえで、システムとネットワークの安定稼働は、現場が止まらないために欠かせない基盤だといえるでしょう。
救急医療を止めないための仕組み
この病院では、救急医療を止めないために、長年使ってきたシステム基盤の見直しを進めました。サーバーの老朽化による障害が増え、部門ごとに分かれていたシステムも複雑化しており、障害の発生や復旧見込みが見えにくいことが、現場にとって大きな不安要因となっていました。
そこで同院が取り組んだのは、単なる機器更新ではなく、将来の運用まで見据えた基盤の再構築です。電子カルテを含む約60のシステムを統合し、止めずに拡張できる構成へ移行。切り替え作業も大きな混乱なく完了し、現場からは「更新後の安心感は大きかった」という声が上がっています。
また、これまで分散していた保守用の通信回線も整理され、外部からのアクセス経路を一元化。通信の出入口を絞ることで、不正侵入のリスク低減と管理性の向上を同時に実現しています。


システムが停止した際に、原因や復旧見込みといった情報が現場へ届かないことは、医療スタッフにとって大きな心理的負担や不安の要因になります。そこで同院では、仮想化基盤を中心にシステム全体の状態をまとめて確認しやすい仕組みを整備しました。これにより異常の早期発見や迅速な対応が可能となり、“見える”環境が整ったことで、現場が状況を把握しやすくなり、落ち着いて対応できる体制が整いました。
この取り組みは、単なるIT更新ではなく、救急医療を継続するための土台づくりといえます。高度医療の現場では、ICT基盤そのものが医療の質と診療継続を左右する存在であることを示す事例といえるでしょう。同時に、安定した基盤があることで、医療スタッフが安心して診療に集中できる環境づくりにもつながっています。
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名古屋市立大学医学部附属 西部医療センター
NICU・がん治療の最前線
愛知県にある 名古屋市立大学医学部附属 西部医療センター は、地域の中核病院として日常的な診療を支える一方で、高度専門医療にも力を入れている大学病院です。
同院は、周産期母子医療センターとして24時間対応の新生児集中治療室(NICU)を有し、ハイリスク妊娠・出産や重症新生児の救命に対応しているほか、生殖医療センターでは不妊治療や高度生殖医療にも対応しています。さらに、がん拠点病院として陽子線治療センターを備え、体への負担が少ない先進的ながん治療を提供するなど、高度専門医療を幅広く担っています。
こうした医療を受ける患者や家族にとって、診療が止まらないことは、そのまま安心につながります。検査結果がすぐに確認できること、治療方針が医師間で共有されること、必要な装置が滞りなく動き続けること――こうした一つひとつが、治療を待つ時間の不安を減らし、命を守る医療を支えています。だからこそ、この病院にとってネットワークは単なるインフラではなく、患者の命と安心を守る生命線であり、安定して稼働し続けるIT基盤の整備が欠かせない前提となっていました。
患者の安心を支える仕組み
名古屋市立大学医学部附属 西部医療センター では、医療の高度化やシステム利用の増加、そして電子カルテ更新を見据え、院内ネットワークの刷新に取り組みました。部門ごとに多くのシステムが稼働し、外部ベンダーによる保守対応も増える中で、アクセス管理の負担やセキュリティリスクが課題となっていたためです。
今回の取り組みでは、外部からの保守アクセスを専用の経路に集約し、接続ルールを統一することで、管理のしやすさと安全性を両立しました。これにより、不正侵入や情報漏えいのリスク低減にもつながっています。
また、ネットワーク全体の監視範囲を広げ、トラブルの兆候を早く把握できる体制を整えています。これにより、異常が発生しても「どこで何が起きているか」をすぐに把握でき、対応が遅れることなく、診療への影響を最小限に抑えられる構成となりました。


さらに、院内のWi-Fi環境も見直されました。電波が届きにくい場所を事前調査し、アクセスポイント配置を最適化することで、病棟を含めた院内全域で安定した接続を確保。電子カルテや医療機器、携帯端末の利用がよりスムーズになり、現場の業務効率向上にもつながっています。
この取り組みは、単なるネットワーク更新ではなく、診療を止めないための仕組みづくりといえます。 ICT基盤は業務インフラではなく、医療を継続するための前提条件であり、同時に安全性を守るための基盤でもあります。医療の高度化やデータ活用が進むこれからの時代において、ネットワークの安定性とセキュリティをどう両立するかは、多くの医療機関に共通する重要なテーマと言えるでしょう。
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まとめ
現代の医療では、診療の流れや判断はネットワークに支えられています。
電子カルテや検査結果、医療機器の情報が常に届くことで、医療スタッフは安心して判断でき、患者や家族も治療を待つ時間の不安を減らすことができます。
患者目線では、情報がスムーズに届くことが安心につながります。「次に何が起こるのか」「検査結果はどうなっているのか」がすぐにわかることで、不安な時間が短くなり、治療に向き合う力が生まれます。
医療スタッフ目線では、ネットワークの安定性が診療の前提です。情報が正確かつ迅速に共有されることで、判断のスピードが上がり、患者一人ひとりに集中できる環境が生まれます。
高度医療を担う 神戸市立医療センター中央市民病院 や 名古屋市立大学医学部附属西部医療センター の取り組みは、ネットワークが単なるIT設備ではなく、命と安心を支える土台であることを物語っています。
目に見えないネットワークですが、まさに「命と安心をつなぐ見えない手」として、医療現場の質と信頼を支えているのです。
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