クラウドへのデータ移行が急速に進む中、セキュリティ設計が後回しになるケースが増えています。クラウドを導入しただけでは安全にならない――移行時に見落とされがちなリスクとその対策、そしてセキュリティの正しい考え方を、ゼロトラストの観点からわかりやすく解説します。
クラウドデータ移行で企業が見落とすセキュリティリスクとは
クラウド利用が拡大する一方で、移行時には見落とされがちなリスクが数多く存在します。ここでは、企業が特に注意すべきポイントを整理します。
クラウド利用拡大が生む新たなセキュリティ課題
総務省「令和7年通信利用動向調査」によると、企業のクラウド利用率は2025年時点で83.4%に達しており、 SaaS や IaaS へのデータ移行が急速に本格化しています。コスト削減や業務効率化を優先するあまり、セキュリティ設計が後手に回るケースが増えています。
特に移行フェーズでは、アクセス権設定やデータ分類ポリシーの策定が後回しになりがちです。さらに、 オンプレミス 時代の「社内ネットワーク内は安全」という発想をそのままクラウドに持ち込むと、本来自社が守るべき領域が丸ごと見落とされるリスクがあります。
複数のクラウドサービスを併用するマルチクラウド環境では、サービスごとにセキュリティ設定が異なるため統一的なポリシー管理がさらに困難になります。
クラウド移行計画の初期段階からセキュリティを組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」の考え方が不可欠です。総務省の同調査でも、クラウドサービスを利用しない企業のうち26.6%が「情報漏えいなどセキュリティへの不安」を理由として挙げており、割合は年々増加傾向で、主要な阻害要因となっています。
企業が見落としやすい4つのリスク領域
クラウド環境特有のリスクとして、特に次の4点に注意が必要です。
① 設定ミスによる意図しないデータ公開(国内外の調査でも、クラウド環境における情報漏洩事故の主要因として繰り返し指摘されている)
② シャドーIT・未承認アプリの利用による管理外データの拡散
③ クラウド事業者との責任分界点の誤認識による対策の抜け
④ 退職者・異動者アカウントの未削除による内部不正リスク
これらはオンプレミス型セキュリティの発想では気づきにくいリスクです。とりわけ③の「責任共有モデルの誤解」は根深い問題です。「クラウド事業者が全部守ってくれる」と誤認した結果、利用企業側で実施すべきアクセス管理や暗号化などの対策が手つかずになるケースが後を絶ちません。クラウドストレージの公開設定ミスに起因する情報漏洩は国内でも報告事例が見られ、特にSaaS利用企業では退職者アカウントの棚卸し漏れによる不正アクセスリスクが見過ごされやすい傾向があります。定期的な棚卸しと自動無効化の仕組みの構築が急務です。
クラウド利用に関わる法令・ガイドラインへの対応
クラウド移行にあたっては、技術的なリスクだけでなく法令・ガイドラインへの対応も欠かせません。個人情報保護法では、クラウド事業者への委託にあたり委託先の監督義務が課されており、2022年施行の改正法では漏えい等発生時の報告・本人通知が新たに義務化されました。企業は委託先(クラウド事業者)のセキュリティ体制を継続的に確認し、安全管理措置を講じる必要があります。 ISMAP (政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)に登録されたサービスを選定することで、コンプライアンスリスクを低減できます。
業界固有の規制としてFISC安全対策基準(金融)、医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(医療)、改正電気通信事業法(通信)なども確認が必要です。クラウド事業者が保持するセキュリティ認証(ISO/IEC 27001・SOC 2 Type II)も選定基準の重要な指標となります。グローバルに事業展開する企業はGDPR(EU)やCCPA/CPRA(米国カリフォルニア州)など、データ保護に関する海外規制への対応も必要で、データの保存場所(所在国)の確認が必須となります。
クラウドを安全に利用するためのセキュリティの考え方
クラウドを安全に利用するためには、事業者と利用企業の役割分担や、セキュリティの基本的な考え方を正しく理解しておくことが欠かせません。
責任共有モデルを正しく理解する
AWSやAzure、Google Cloudなどのクラウド事業者は「インフラ・プラットフォームの物理的な安全性」を担保しますが、その上で動くデータやアクセス管理の責任は利用企業側にあります。この「責任共有モデル」を誤解したまま導入すると、自社が守るべき領域がブラックボックスになります。IaaS・ PaaS ・SaaSそれぞれで責任範囲が異なるため、利用するサービス形態ごとに何が自社の責任なのかを文書化し、セキュリティポリシーに組み込むことが不可欠です。
特にSaaSでは事業者側の管理範囲が広い一方で、アカウント管理・データアクセス制御・ログ監視は利用企業の責任となります。クラウド事業者が提供するセキュリティホワイトペーパーや責任共有ガイドラインを精読し、自社のセキュリティチェックリストに落とし込む作業を、クラウド移行プロジェクトの正式な工程として組み込むことを強く推奨します。
この整理を行わずに移行を進めると、インシデント発生時に「誰が対応すべきか」が不明確になり、対応の遅延や責任の所在をめぐるトラブルにつながります。情報システム部門・セキュリティ担当者・法務・コンプライアンス部門が共同で責任分担マトリクスを作成し、定期的に更新する運用体制の構築が求められます。
ゼロトラストを前提とした設計思想
従来型の「社内ネットワーク内は安全」という境界防御の発想は、クラウド時代には通用しません。クラウドサービスへのアクセスはインターネット経由が基本であり、「どこからでもアクセスできる」利便性の裏に「誰でも入れてしまうリスク」が潜みます。「すべての通信を信頼しない」ゼロトラストの考え方を基本に置き、誰が・何に・なぜアクセスするかを常時検証する設計思想がクラウドセキュリティの根幹となります。
NISTが示すゼロトラストアーキテクチャの7原則(SP 800-207)では、デバイス・ユーザー・通信の継続的な検証と、最小権限アクセスの徹底が核心として位置付けられています。製品導入の前にまずこの考え方を組織に浸透させ、「クラウドを使う上での安全の定義」をセキュリティポリシーとして明文化することが、すべての技術的対策の土台となります。
ゼロトラスト導入の初期段階では「誰が・何に・いつ・どこからアクセスするか」をまず可視化することから始めるのが現実的です。既存のアクセス権とフローを棚卸しし、不要なアクセスを段階的に制限していくアプローチが、既存業務への影響を最小限に抑えながらゼロトラスト化を進める上で有効です。
セキュリティガバナンスの構築
技術的対策だけでなく、組織的なセキュリティガバナンスの確立も重要です。情報セキュリティポリシーの策定・定期見直し、社員向けセキュリティ教育の実施、インシデント対応手順書(IRP)の整備が三本柱です。クラウド移行に伴って既存ポリシーが実態と乖離していないか定期監査を実施し、CISO(情報セキュリティ責任者)を軸とした経営層を巻き込んだガバナンス体制を構築することが求められます。製品・ツールの導入に終始せず、組織として「誰が・何を・いつ・どのように」管理するかを明確にすることが、持続可能なセキュリティ体制の要です。
クラウドセキュリティの責任者を明確に定め、定期的なセキュリティ評価(ペネトレーションテスト・脆弱性スキャン)を実施し、その結果を経営層に報告する仕組みを組織に根付かせることが長期的な安全運用の基盤となります。また、社員に対する フィッシング 訓練やセキュリティ意識向上トレーニングを定期実施することで、技術的対策を補完する人的セキュリティ対策を強化できます。クラウド環境の変化に合わせてガバナンスフレームワーク自体を継続的に改善していく姿勢が、長期にわたるセキュリティ品質の維持につながります。
こうした全社的なガバナンス体制の構築を専門家に相談するのが有効です。特に海外との連携が必要な場合は難易度が高いこともあるため、法令対応から運用体制の設計までを一気通貫で支援する「グローバルITガバナンスコンサルティング」のようにグローバルに特化している外部サービスの活用をおすすめします。
企業が取るべき具体的なデータセキュリティ対策
実際にクラウド環境を守るためには、技術的な対策を具体的に講じる必要があります。ここでは優先度の高い3つの取り組みを紹介します。
アクセス管理とID管理の強化(IAM・MFA)
クラウド環境でのアクセス管理はIAM(Identity and Access Management)が中心です。最小権限原則に基づき、業務に必要なリソースのみへのアクセスを付与し、定期的な権限棚卸しを実施します。退職者・異動者のアカウントを速やかに無効化する運用フローも必須です。
多要素認証(MFA)の全アカウント適用は費用対効果が高い対策の一つで、特に管理者権限アカウントへの適用は最優先です。 IDaaS (Microsoft Entra ID、Okta等)を活用することで、複数クラウドサービスのアカウント管理を一元化できます。条件付きアクセスポリシーにより、接続元デバイスの状態やネットワーク位置に応じて認証強度を動的に変える設計も有効です。
データ保護:暗号化とDLP
保存時(At Rest)と転送時(In Transit)の双方における暗号化を実装し、機密データの流出リスクを最小化します。特に機密性の高いデータについてはBYOK(Bring Your Own Key)による暗号鍵の自社管理も検討に値します。
DLP(データ損失防止)ツールを活用し、機密データがクラウド外部に持ち出されていないかを常時監視します。個人情報や営業秘密を含むファイルのダウンロード・共有操作を検知・制限することで、内部不正や誤操作による漏洩を防ぎます。データライフサイクル管理の観点から、不要になったデータの確実な削除と保存ポリシーの策定も欠かせません。
脅威検知と構成管理(CASB・CSPM)
CASB (クラウドアクセスセキュリティブローカー)はクラウドサービス全体の利用を可視化・制御し、シャドーITの検出や不審な操作のブロックに有効です。 CSPM (クラウドセキュリティポスチャー管理)はクラウド設定の誤りや脆弱なポリシーを自動スキャンし、リスクを継続的に検出します。両者を組み合わせることで、人手では把握しきれないマルチクラウド環境全体のリスクを一元管理できます。
導入優先度はCASBが先で、その後CSPMで設定状態の継続監視体制を構築するアプローチが現実的です。クラウドネイティブのセキュリティサービス(AWS Security Hub・Microsoft Defender for Cloud等)との連携も活用することで、アラートの一元集約と対応の効率化が図れます。
ネットワーク基盤から実現するゼロトラストセキュリティ
クラウド側の対策だけでなく、社内からクラウドへの通信を支えるネットワーク基盤の設計も、実際の防御力を大きく左右します。
ネットワーク機器でのクラウド接続設計
クラウドセキュリティ対策はクラウド側のツール(CASB・CSPM等)だけに頼りがちですが、社内からクラウドへの通信経路―― ファイアウォール ・スイッチ・ルーターの設計――が実際の防御力を左右します。クラウドへの通信経路上に次世代ファイアウォール(NGFW)を配置し、許可通信のみを通す設計が基本です。
SD-WAN によるクラウドオンランプの最適化、ACL(アクセスコントロールリスト)設定による不要通信の遮断、VLAN分離によるセグメンテーションを組み合わせることで、ネットワーク基盤レベルでクラウドへの出入口を制御できます。このネットワーク視点での設計は、業界ガイドラインでも推奨されながら実践できている企業は多くありません。クラウド事業者が提供するDirect ConnectやExpressRouteなどの専用線接続を活用することで、インターネット経由の通信リスクをさらに低減できます。
ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)への段階的移行
ゼロトラストの実装には、ZTNA(Zero Trust Network Access)がVPNの代替として急速に普及しています。ZTNAはユーザーとデバイスを継続的に認証・検証し、アプリケーション単位で最小限のアクセスのみを許可する仕組みです。
既存のVPN環境からすぐに移行することは難しいため、リスクの高いシステム(人事・財務)からZTNAに切り替え、サイト間接続等の低リスク用途はVPNを残存させる段階的アプローチが現実的です。ネットワーク基盤にZTNAを統合することで、クラウドデータへのアクセスをエンド・ツー・エンドで制御し、真のゼロトラスト環境を段階的に実現できます。
ネットワーク機器の視点からゼロトラストを実践するには、自社の環境に合わせた設計と段階的な移行計画が欠かせません。アライドテレシスでは、ネットワーク機器専業ベンダーとして、物理ネットワーク層からのセキュリティ設計を数多くの企業に支援しており、実際にゼロトラストセキュリティの導入を進めた事例も紹介しています。自社に合った移行の進め方を検討する際は、こうした実践例も参考にしてみてください。
まとめ
クラウドへのデータ移行では、設定ミスや責任範囲の誤解、退職者アカウントの放置など、見落とされがちなリスクが数多く存在します。クラウド事業者との責任共有モデルを正しく理解したうえで、ゼロトラストの考え方を軸に、アクセス管理・データ保護・脅威検知といった技術的対策と、組織的なセキュリティガバナンスの両輪で備えることが重要です。ネットワーク基盤からの見直しも含め、自社に合った対策を段階的に進めていきましょう。
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